「学力」の経済学は途上国の教育支援にも活かせるはず

「教育の経済学」は日本だけの話ではない

子どもを育てている人なら、一度は考えた問いに、大規模なデータを分析して得たエビデンス(科学的根拠)で答えてベストセラーになった『「学力」の経済学』。

「いまでしょ!」のフレーズで大人気の林修先生がテレビ番組「林先生が驚く初耳学!」で「授業の参考にしている」と紹介したことでも有名ですね。それまで信じられていた「一般論」や「定石」を覆すかのようなに対し、教育を経済学的に考える方法が紹介され、多くの子育て世代が手にしたことでしょう。

「子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってはいけないの?」
「子どもはほめて育てるべきなの?」

などなど。子育てをしている人たちへのヒントがたくさん詰まった『「学力」の経済学』ですが、わが子の教育だけでなく、国としての教育政策に対し、大事な提言を示した一冊です。

他人の成功体験はわが子にも活かせるのか?

『「学力」の経済学』では、”子どもを全員東大に入れた親の教育法を真似したからといって、同じように東大に合格できる保証はどこにもない”と述べられています。

確かに「子どもを全員東大に入学させた」ことは事実ですが、それは例外中の例外と言えます。子どもが東大に合格できるかは、子どもの能力、親の取り組み、学校や友人など周りの環境、経済的な状況など、あまりにも多くの要因が関係します。勉強法を真似ただけですべての人が同じ結果になるとは限りません。

にも関わらず、教育政策には、権威のある人の「自分の体験」に基づく発言が反映される傾向があります。

その教育政策にエビデンスはあるのか?

2014年10月、財務省が「公立小学校の1学級35人の少人数学級を見直し、40人学級に戻すべきだ」と主張し、少人数学級を推進する文部科学省と対立しました。

35人学級は2011年から公立小学校で導入されてきましたが「導入前と比較してもいじめや暴力行為の発生割合は変化していない」と財務省は主張したのです。(その主張の背景には、40人学級に戻すと86億円の費用が削減できるとの試算があったようです)

一方、文科省は国際的にみて教員の労働時間が長く、日本の教員は多忙感が強く、これではきめ細やかな指導ができないだろうから、少人数学級を推進すべきと主張しました。

どちらももっともらしい理由を主張していますが、そこにエビデンス(科学的根拠)はあるのでしょうか?

実験データをもとに費用対効果で考えるのが教育経済学の視点で、日本の教育制度ではその視点が欠けていると指摘されています。少人数学級が導入されたのは東日本大震災の後で、外部環境の変化による心理的な要因もあり、いじめや暴力行為が減らなかったのは小人数学級だけが原因ではないはずです。

教育は未来へ向けた「投資」

教育を経済活動としてとらえると、未来へ向けた「投資」と解釈できます。そして『「学力」の経済学』では、人的資本投資の収益率が高いのは就学前教育、すなわち「幼児教育」だと述べられています。

アメリカのミシガン州で行われた実験によると、就学前教育プログラムを受けた子どもたちのその後の人生を追った結果、小学校入学時のIQが高かっただけでなく、その後の学歴も高く、経済的にも安定し、反社会的な行為に及ぶ確率も低いことがわかりました。

幼児教育に力を注ぐことによって、犯罪抑止や社会の発展に繋がる可能性が実験によって示されています。非行防止のキャンペーンなどに資源を投入するよりも幼児教育に投資することで、対策費の節約、もしくは投資対効果が高い可能性があります。

幼児教育の重要性「非認知能力」=「生きる力」を育む

前述の幼児教育によって改善されたのは「非認知能力」と呼ばれるものです。IQや学力テストで計測されるのが「認知能力」で、「非認知能力」は「自制心」や「やり抜く力(GRIT)」など人間の気質や性格的な特徴を指します。将来の収入や学歴に大きく影響するのは「非認知能力」の方です。

※『やり抜く力(GRIT)』はベストセラーになっていますね。

「非認知能力」は、日本で「生きる力」と呼ばれる能力に近いです。

「生きる力」とは 1996年に当時の文部省が問題解決力や自制心、協調性、思いやり、豊かな人間性などを指す言葉として、教育の目標として用いたのが始まりです。

この「非認知能力≒生きる力」は、先生や同級生など、人から学び、獲得するものだとされています。単純にテストでいい点数を取るだけなら、塾や予備校に通ったり、家庭教師をつけて、いい点をとるためのテクニックを学べばいい話です。そう考えると、学校とは単に勉強する場所ではなく、先生や同級生から学び「生きる力」を培う場所だと定義できるのではないでしょうか。

ですが、日本の教育政策は、少人数学級や学力テスト、子ども手当、1人1台のタブレット端末の支給など、科学的根拠がなく、期待や思い込みで財政支出が行われているように感じます。財政赤字を抱える日本にはあまり余裕もないはずなのに・・・。

途上国での幼児教育の取り組み

日本以上に出せるお金が限られている途上国では、教育そのもの重要度が高いはずです。

例えば、カンボジアの小学校1年生での留年率は10.0%、退学率は6.3%に上ります。小学校一年生で留年または退学した子どもは読み書きなど、生きていく上で必要な基礎的なスキルを欠いたまま大人になる可能性が高くなります。

親が教育を受けられず、その子どもも教育を受けられないといった悪循環に陥りがちです。こうした悪循環を断ち切る上で注目されているのが「幼児教育」です。

シャンティ国際ボランティア会では、カンボジアで幼児教育支援に取り組んでいます。

乳幼児期は人間の脳が最も急速に発達し、その後の人間の発達の基礎を形作る、非常に重要な時期です。この時期に必要なケアや教育が不足することは、その後の発達に大きな影響を及ぼします。

また、運動能力に深く関わる神経型は、生まれてから5歳ごろまでに80%まで成長すると言われ、スポーツの分野でも「ゴールデンエイジ」などと呼ばれ、幼児期の取り組みが重要視されはじめています。

幼児教育は、2015年9月の国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」においても、2030年までに、すべての子どもが男女の区別なく、質の高い乳幼児の発達・ケア及び就学前教育にアクセスすることにより、初等教育を受ける準備が整うようにすることが目標として明記されています。

「学力」の経済学が投げかけたこと

『「学力」の経済学』を読んで、教育はこれまで個人の「経験」や「定石」と呼ばれるものが重視され、いかにエビデンス(科学的根拠)が軽視されていたのかがよくわかりました。

また、この本には、画一的な政策だけでなく、必要な地域や施策に、重点的に資源を配分すべきだと課題提起されています。国全体の教育政策はもちろん大事ですが、必要なところに、必要な支援を継続して行うNGOの取り組みも大切だと、この本は応援してくれているように感じました。