津波と地震の脅威(宮城県 山元町)

山元町に滞在して一週間が経ちました。
(山元町に滞在することなった経緯は以下をご覧ください)

やっとボランティアセンターの仕事にもなれ、山元町のみなさんの優しさに、こちらが勇気をもらっている感じがします。そんな山元町に新聞記者から取材の電話がかかってきました。

「山元町のボランティアは、ほかと比べて少ないですよね?」って・・・。

※石巻市の場合:ボランティア398人
※山元町の場合:ボランティア109人 (いずれも2011年5月8日)

他の市町村と比べ、被災状況や地理的な要因など、さまざまなことが関わっているため、根拠のある明快な回答をすることはできませんが、今回は山元町の現状についてご紹介させていただきます。

宮城県南部の海に面した山元町

山元町は、南北に長く太平洋に面しています。沿岸部には多くの住宅がありました。その街の60%以上が津波の被害を受け、堤防もほとんどが決壊。今後の余震でもしも津波が発生する危険性もあり、今もなお立ち入り禁止区域が多くあります。

山元町災害マップ
山元町災害ボランティアセンターマップより

津波の難を逃れた地域も、地割れや陥没などの被害を受けています。ブロック塀が崩れ、1m近く陥没しているところもあります。見た目は問題なさそうでも、山を切り出して盛った場所に立っているため、取り壊しが必要な家もあるそうです。

東日本大震災後の宮城県山元町内陸側の様子

アスファルトに亀裂が入り、約1m近く陥没しています。
このような地域に、手がつけられていないのが現状です。

東日本大震災後の宮城県山元町内陸側の様子

山元町の沿岸部の様子

地震で亀裂が入っている内陸の高台から海岸線を眺めると、ほとんど建物がないことがわかります。堤防がないため、海岸線が盛り上がり、津波が来ているような錯覚に陥ります。

山元町の高台から海岸線を眺めた景色

広い平地部分では家が洗い流され、一面が砂でおおわれ、砂浜のようになっています。

宮城県山元町の沿岸部の様子

いままで何もなかったところに川ができたり、ガレキ、車が山のように積み重なっています。

積み重なったがれきの山

少しずつ増えているボランティアのニーズ

住む場所を失い、戻りたくても家に戻れない人が大勢います。連日、山元町のボランティアセンターには、徐々に立ち入り禁止が解除された地域から少しずつ「泥だし」や「荷物の片づけ」などのニーズがあがってきています。

メディアで『ボランティアがたくさん来すぎて大変』など報じられていますが、本当に必要なのは、これからなんだと思います。今回の震災に対して、「何かしたい」と思った人は、本当に多いはず。ぜひ、「何かしたい」気持ちから、一歩踏み出していただけると幸いです。

この記事を書いた人
メッスィ~/召田 安宏

1984年生まれ。長野県に多い苗字だけど東京都出身。学生の頃にNGOと出会い、NGOの広報担当を10年以上経験。ボランティアや国際協力に関する話題、広報の仕事に役立つサービスやフリーソフトを調べるのが好き。詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。