「世界がもし100人の村だったら 3」

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スティービー・ワンダーの軽快な曲が挿入歌に使われているTOKIOの松岡昌宏司会の番組、「世界がもし100人の村だったら」シリーズ第3弾。

2003年から毎年放映されている「世界がもし100人の村だったら」シリーズ。今回で3回目となる人気グループ「TOKIO」の松岡昌宏が司会を務める番組である。国際協力の舞台とかけ離れた舞台で活躍している人が伝えるからこそ、伝わる何かがあることを感じた。

今回のテーマは「家族」。フィリピン、アルゼンチン、ボリビアの3人の少年少女にスポットが当てられた。詳しい話の流れは上記ホームページを確認してもらえるとわかると思う。

私は1年前、フィリピンマニラにいた。首都であるマニラは鉄道が走り、高層ビルが立ち並び、巨大なショッピングモールが点在する大都市だ。そんなマニラの一角に「スモーキーマウンテン」と呼ばれる場所がある。簡単に言うと、「ゴミ山」である。そんな場所に行ってきた。

今回番組で取り上げられた「ステージング・エリア」とは違うが、マニラ郊外にあるケソンシティ・パヤタスのゴミ集積場だった。だが、中身は同じである。マニラで排出されるゴミがトラックで毎日数万トン運ばれてくる。それらのゴミは燃やされることなくブルドーザーで整地されるだけ。そこには何百人もの人が集まる。彼らはウェイスト・ピッカーと呼ばれる。つまりはゴミを拾う人たちだ。

彼らはプラスチック、缶、ビンなど換金できるものをゴミ山から探し、生計を立てる人々だ。今回の番組で紹介されたのは12歳の少女だった。彼女は大人でも危険で過酷な労働環境下で家族を養う為に働きつづける。父は酔っ払いに殺され、母は病に倒れた。育ち盛りの弟二人のためにも彼女はもっともっと働くと誓った。

アルゼンチンには8歳の時、親に捨てられ13歳で出産した少女がいる。彼女もまた、厳しい現実に立たされている。働かなければ子どもを育てるためのお金が得られない。しかし、子どもがいるため仕事につけない。

子どもの父親は彼女が妊娠していることを知ると姿をくらました。一人で育てていくことを決心した彼女は今、14歳になった。しかし、充分な栄養を与えることができず、このままでは10年後に脳障害が出るかもしれないと医者に言われた。彼女は苦しんだ。自分と同じ思いをこの子にはさせまいと誓ったのに・・・。

彼女は必死に仕事を探した。なんとか家事手伝いの職を見つけることができたときの彼女の笑顔は輝いていた。しかし、子どもはお母さんから離れると泣き出してしまう。一日でまた振り出しにもどってしまった。なんとかしなくてはいけない。自らの血を売ってお金を得ようとしても、法律で18歳と決められた壁をやぶることはできなかった。

死の粉塵」の中、一人孤独に石を運ぶ少年がボリビアにいる。彼の実家は街からバスで1時間、歩いて6時間かかる山奥にある。取れる食物は限られている。家族のため、彼は鉱山に身を投じた。

その鉱山は世界一標高が高く、ひょうが降りしきり、手がしもやけになる。空気が薄く粉塵が舞う鉱山で数十キログラムもの石を運ぶと息が切れる。鉱山内に立ち込める粉塵は人々の生という時間を蝕む。肺機能に支障をきたし、それでも倒れるまではたきつづける。鉱山で働く人の寿命は他の人に比べ10年も短い。

鉱山を掘るためダイナマイトを使う場合もある。導火線に点火したら1分後に爆発する。逃げ遅れれば岩の下敷きになり、命を落とす。過酷な環境の中でも彼は働き続ける。月に一度、家族に食料を届けるために。

目頭が熱くなる。必死に涙をこらえた。「If(もし)」という言葉は言い訳でしかないが、もし自分が彼らと同じ境遇に立たされたら・・・・。果たして、彼らのように現実に立ち向かっていくことが出来るのだろうか?

人それぞれ彼らの姿を見て感じることは違う。ある人は「かわいそう」と思う。またある人は「しょうがない。これが現実だ」と思うかもしれない。そして私は「彼らの笑顔がもっとみたい」と思った。

一昨日のことだ。私が所属する「CAST〜FTCJ子ども活動応援事業〜」というチームであるイベントを企画・主催した。「岩本悠」さんの講演会である。そこで彼は言った。「自分の性感帯を探せ」と。

講演会の報告はまた後日する(つもりだけどね♪)が、自分にとって気持ちいことを探せという意味と思ってもらいたい。

そこで自分の性感帯は何かと問うた。そしたらすぐに見つかったよ、講演会の打ち上げで。仲間の二人が誕生日が講演会の週だったので突然ケーキを出して驚かせようと計画、実行をしたのだ。見事に驚かせることができた。そのときの二人の笑顔。それを見れただけでうれしいくなった。

実はプレゼントも用意しておいた。M&Mの相方みねじと共謀して、みんなから二人に送りたい曲を集め、世界にひとつだけのオリジナルCDを作成したのだ。音楽をパソコンに落とし、候補曲70曲をM&Mの二人で厳選した。ほぼM&Mの趣味5時間かけて作成し、私は徹夜で講演会で配る資料とパワーポイントを作成し、相方のみねじは終電を逃した。

そんな苦労の甲斐あり、喜ばせることができた。その姿を見れてホントにうれしかった。講演会も成功し、多くの人の笑顔を見れた。それだけでもう、感無量だ。私の性感帯は「人の笑顔を見ること。人を笑顔にさせること」なのだろう。

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About 召田 安宏 760 Articles
1984年生まれ。2008年より国際協力NGOの広報を担当しています。拓殖大学 国際開発学部を卒業後、一般企業を経て、NGOの世界に。世界の子どもを児童労働から守るNGO ACE(エース)を経て、2016年よりシャンティ国際ボランティアへ。広報・国内事業一筋。チョコっと世界をのぞいてみませんか?